暴力を見て学ぶ

こどもは真似をするのが大好きです。お母さんごっこやヒーローごっこ、先生のちょっとした口まねや、家族の何気ない立ち居振る舞い、こんなことまで見ているのかと驚くほど、まわりの人をいろいろ真似ます。

 「真似る」というのは、大事な能力のひとつです。学習は、原則、自発行動の結果によって成立しますから、大部分の生き物にとっては直接的な体験が必要です。しかしヒトは、自分以外の他者を真似ることで、その行動を学べます。「観察学習」です。さらに、他人が報酬や罰をもらっていることを見て、「ああすると報酬が(罰が)来るんだな」と知ることができます。これを「代理強化」と言います。ヒトが他の生き物より多くの学習を成立させることができる理由のひとつが、直接経験によらない学習が可能なことです。

 しかし、観察学習の結果、よい行動だけが身につくわけではありません。

 社会心理学者のA.バンデューラさんは、子どもが暴力による攻撃行動を観察学習することを実験で示しました。実験参加者の幼稚園児は、プレイルームの一角でシール貼りの遊びをしています。すると部屋の反対側のスペースに大人が入ってきて、ある行動をし始めます。非攻撃条件では、木製の組み立ておもちゃを熱心に組み立てます。一方、攻撃条件では、等身大の空気入りビニール人形“ボボドール”を悪態つきながら殴る蹴るのです。その後、子どもは様々なおもちゃのある別室に連れていかれ「好きに遊んでいいよ」と告げられます。さあ、子どもは何をしたでしょうか? 年齢や性別による差はありましたが、攻撃条件の多くの子どもが大人とそっくりなやりかたで、ボボドールを殴りつけ始めたのです。しかも、まったく同じ悪態をつきながら。

 この後バンデューラさんたちは、同様の実験で、実物の大人だけではなく、映像の大人、アニメーションなどを見せても、攻撃行動の観察学習が成立することを示しました。 学校の中にも、外にも、子どもが「真似できる」対象はたくさんあります。身近な大人はもとより、インターネットの発達によって、世界中の動画にアクセスすることも可能です。子どもが何を見て何を学ぶのか。教師を始め、多くの大人が真剣に考える時期が来ているように思います。

文献

Albert Bandura, Dorothea Ross, and Sheila A. Ross (1961) Transmission of aggression through imitation of aggressive models. Journal of Abnormal and Social Psychology, 63, 575-582.