「環境のコントロール感」が大事

セリグマンさんの実験の続きをお話ししましょう。

行動をやめたまま電流を受け続けたイヌを実験ケージから出して、もといた犬用ケージに戻します。実験前、イヌは広いケージの中を駆け回ったり、外の様子を興味深げに窺ったりして活発でした。ところが実験後戻ったイヌは、ケージの一ヶ所に固まって、じっと動きません。周囲への関心も示しません。セリグマンさんは、この様子から「うつ病」の発症に学習性無気力が関係していると指摘しました(註)。

ところが、同じように電流を受け続けたにも関わらず、実験後も実験前と同様に、活発に行動するイヌもいたのです。

何が違ったのでしょうか? 実は、実験条件が違ったのです。この条件では、実験ケージの壁にイヌの鼻で押せる大きさのボタンがありました。このボタンを押すと電流が止まる仕組みになっていたのです。足裏を固定されたイヌは、最初、何とかして逃れようと行動します。そしてジタバタの結果、偶然、鼻がボタンに当たって電流が止まるという経験をします。もうお分かりですね? 自発行動の結果、電流から逃れられるという報酬が来たのです。この手の学習は最速で成立します。ビリッと来るや否や、イヌは鼻をボタンに押しつけ、電流を止め続けます。

トータルとして受けた電流の量は、ボタンなし条件とさほど変わりません。痛みや嫌悪感は、ほぼ同等です。しかし、痛みや嫌悪感に「自分でなんとか対処できた」イヌは、学習性無気力の状態にならなかったのです。

自発行動によって、自分の置かれている状況を変えられる。全てとは言わないが、ある程度なら「周囲の環境を自分はコントロールできるのだ」という経験をすること。そして「すべてが避けがたい運命なのではなく、自分の道は自分で切り開いて行けるものなのだ」という気持ちを持ち続けることが、極めて大事なのです。

ささやかな、小さな出来事・体験でかまいません。教科学習なら学年を戻って、できる所で「できる感」をいっぱい体験しましょう。学校内の人間関係が上手くいかないなら、学校外の人と交わってみましょう。固定した人間関係ではない所で勇気を出せば、自分からの働きかけによって、相手と自分自身を変えられる経験がきっとできるはずです。

文献

Seligman, M., & Maier, S. (1967). Failure to escape traumatic shock. Journal of Experimental Psychology, 88, 242-247

(註)

54年前に行われた実験です。動物の権利と愛護の観点から現在では研究の倫理性が問われる実験だと思います.