教員Voice 谷田増幸先生インタビュー

 

自分の思考スタイルを鍛える

 

――学生生活を振り返って、改めて思い出される印象的な出来事はありますか?

大学生のときは思いっきり遊んでいました。アルバイトもしていました。勉強はほとんどしていません。所属の研究室は厳粛な雰囲気が漂っていて入るのが怖かったのです。思い出と言えば、大学祭で先輩とフライドポテトや甘酒のお店を出したことくらいですかね。卒業後はそのまま中学校の社会科の教員になりました。はじめはなかなかうまくいかなくて、失敗ばかりしていたように思います。でも7年か8年ぐらい経ってある程度何とか軌道に乗ってくると、何か新しい刺激が欲しくなりました。家族と相談して鳴門教育大学の修士課程に入学しました。そこでは、英語圏の(道徳教育についても言及していた)教育哲学者の著作や論文などをひたすら訳していました。きっと大学時代に遣り残したことを思い出したのでしょう。ただ、夜は友達と釣りにも行きましたね。メバルやチヌの魚影が濃くてすごく楽しかったです。
 

――現在はどのような生活をされていますか?例えば、休日はどのように過ごされていますか?

私はね、遊びたいし、ゆっくりしたいし、ぼーっとしていたいんです。しかし、いろいろ請け負っている仕事があり、土日もある程度は大学に来ていますね。基本的に家では仕事はしないようにしています。PCメールも見ません。すると研究室のパソコンにメールがたまってきます。それが気になって仕方なくて、朝5時に起きて早く出勤したりもします。生活パターンとしては夕食時間を決めていて、原則19時から21時の間に食べます。それまでに一日の仕事が終わっているように設定しています。健康のために夕飯の時間に遅く帰らないようにしています。

こうした時代ですから、この歳になっても仕事(生業)があるのは有り難いことだと思います。ただ、先日、研修会場の近くに図書館があってそこを覗いてみると、年配の方々がゆっくりソファーに座って本を読んでいらっしゃいました。別のフロアでは、ゆっくり絵を描いておられる。読書したり絵を描いたり、あるいは釣り糸の先の浮きをずっと見ているような、いつかはそういう生活がしたいです。

 

――先生の研究分野と具体的な研究内容を教えてください。

大学では文学部で哲学や倫理学、大学院では主に教育哲学と道徳教育を研究対象にしていました。中学校では社会科担当で道徳担当もやっていましたし、高等学校では世界史と倫理も担当していました。教育センターでは、主に先生方の研修講座の企画・運営をしていました。文部科学省で教科調査官の職に就いていたときには、中学校の道徳と高校の倫理を担当していました。多くのことに携わる機会に恵まれた反面、専門と言えるようなものはないかもしれません。授業研修会などで伺うのは、小学校での道徳授業が多いです。小学校が8割ぐらい、中学校2割、高校はめったに行かないかな。研修の文化というのは、やっぱり小学校の強みなんだと思います。

 

――先生の書かれた論文で代表的なものを教えてください。

リサーチマップに入ってると思うんですけれども、1996年に教育哲学会に掲載された『ピータースにおける「教育哲学」の構想 ―イギリス分析的教育哲学の基底― 』という論文があります。当時英国で一つの学派を形成していた分析的教育哲学のなかで、その代表的論者であるピータースにはどのような思想的な背景があるのかということを少しだけまとめたものです。

私はコース内の先生方のなかでは実務家教員ということになります。(どこまで実践的な指導ができるかどうかは怪しいですけれども。)ただ、私が修士課程に在学していたときに恩師がおっしゃった言葉が今でも頭の片隅に残っています。「大学院生になった瞬間からどうあれ研究者なんだよ。研究者である限りは社会に還元しなくちゃいけない。だから修了したらそれで研究が終わるんじゃなくて、学校に戻っても1年に1回ぐらいは研究成果を発表するぐらいのことがあっていいね。」、と。自分自身も、学校だけの生活にどっぷり浸かりたくなかったということもありました。アカデミックキャリアの方たちには所詮適うわけはないけれど、自分なりのかかわり方で研究や実践を続けていければいいのかなという思いに繋がりました。

 

――先生のご専門や研究は学校や教育現場でどのように役立つものですか?

先生方が「自分の思考スタイルを鍛える」ということに、いくらかでもつながればいいなあとは思います。「考える」ということの枠組みやプロセスの根っこは、きっと先人の知恵のなかにあると思っています。プラトンやアリストテレス、カント、ミル、西田幾多郎とか(それらを十分に消化できてなんていませんが)、例えばこのときカント先生だったらどう考えるだろうか? 西田先生だったらどう考えるだろうか? みたいな発想から先生方に語りかけ、問いかけていますね。

何かに困ってその課題解決のための方法や手立てを求める先生方からすると、私の話はつまらないだろうなあと思います。だって、「解答」ではなく「問い」がたくさん返ってくるわけですから。実際には授業される先生方を最大限リスペクトしつつ、それでも突如その学校にやってきた異邦人(外部の他者)(私)がそこでの出来事を参観して横から何が言えるのかということを考えています。明日から使えるっていう研修会になるかどうかは別として、研修会が終わった後でも職員室でその議論の輪が続くとしたら、それは私の思惑通りということになります。間接的かもしれないけども、哲学や思想の役割と言えば、そのようなイメージですね。

 

――先生の研究分野や研究領域に関わって、おすすめの一冊を教えてください。

虚学(基礎学?)よりも実学(応用学・技術学?)がこの時代の潮流なんじゃないかなって気がしますけど。そこで、こうした書物を薦めていいのかどうか悩ましいですねけど、今日は柄谷行人の『探究』という1冊です。ちなみに著者は2022年12月、アメリカのシンクタンクが「哲学のノーベル賞」を目指して創設した「バーグルエン哲学・文化賞」を受賞しておられます。この著者の文芸批評を読むと、きっと何か共鳴するところがあったのでしょうね。若いときから何冊か読んだ記憶があります。同時代の人は何らかの形で影響を受けていると思います。その考え方の発想や枠組みが今まで考えたことがないことですごいなあとは思いました。ものごとの根幹にあるものを探索することに私が興味をもっていたことと重なっているのでしょう。世の中には考えてもなかなか解決しないことは多いけれど、それでも考えることの大切さが伝わればいいと思います。

 

――最後に、先生が考える本コースの魅力を教えてください。

子どもや教師を中心に置きながら、日々の実践に着目して、学級経営や生徒指導、教育相談、道徳や特別活動、総合的な学習の時間の授業など、いろいろな視点や角度から多面的・多角的に考えられることでしょうか。どういうふうに指導したらいいかという処方箋を具体的に示唆してくださる先生もおられます。その一方で実践の背景になっている根っこの理論や歴史、考え方について教えてくださる先生もおられます。そういう面では、学校教育を縦横無尽に探索できる世界とも言えます。そして、その実践や研究のアプローチは院生のみなさんが、そのスタイルを自ら選び取ることもできます。不易と流行がある中で、授業実践や調査のデータなどから数量的・実証的に明らかにしていこうとする院生さんもいます。一方で、インタビューや授業記録などを質的に分析して明らかにしていこうとする院生さんもいます。でも、どちらもその根っこの部分はこのコースで大切にされているはずです。私がこのコースに配属されていても居心地のよさがあるのはそういうことかと思います。

 

インタビュー実施:2023年8月9日

インタビュー・写真:中川清博、北村宏規