個別最適な学びとカリキュラム・マネジメント

答申では、「これからの学校においては,子供が『個別最適な学び』を進められるよう,教師が専門職としての知見を活用し,子供の実態に応じて,学習内容の確実な定着を図る観点や,その理解を深め,広げる学習を充実させる観点から,カリキュラム・マネジメントの充実・強化を図る」と位置づけられていることから、その中で「子供の実態に応じ」ることがとくに注目されていることがわかります。

 そもそも、「カリキュラム・マネジメント」というのは、2000年代に入って行政的に強調されてきた概念で、それまで一般的であった「教育課程経営」に代わって頻繁に使用されるようになりました。この「カリキュラム・マネジメント」について、田村(2018)は、「各学校が、学校の教育目標を実現するために、学校内外の諸条件・諸資源を開発・活用しながら、評価を核としたマネジメントサイクルによって、カリキュラム開発と実践を組織的に動態化させる、戦略的かつ課題解決的な組織的営為である。」と説明しています。平たく言うと、設定した目標(たとえば上述の「学習内容の確実な定着」)の実現を机上の空論にならないように確実に達成させることができるように、カリキュラムを開発、実践、評価、改善していく学校を挙げての組織的な取り組みということです。

 これまでのカリキュラムは、学校の全構成員に一律に適応される唯一のものが一般的でしたから、その大前提は、子どものレディネス、性格や発達的特性などが十把一絡げに扱える一律なものであるという暗黙の想定でした。しかし、「個性尊重」を教育改革の柱の一つに据えた臨時教育審議会答申(1984)を代表とするように、子どもが様々な特性を抱える多様な存在であることを大前提と捉える社会に変化してきており、さらには「インテグレーション」の推進として、明らかに特性の異なる子どもたちを同じ器の中で一緒に(しかし、一律ではなく)処遇することが当然視されるようにもなってきています。それは、「学校に子どもを合わせる」のではなく、「学校を子どもに合わせる」という発想の転換にも通じるでしょう。

 このような背景から、特性の異なった子どもを同一の計画や教授・学習方法で教育するのではなく、個々の子どもたちの特性の違いなどに応じた教育上の工夫が求められるようになっているわけです。そのキーワードが「指導の個別化」であり、「学習の個性化」であるわけです。

 カリキュラム(・マネジメント)に引きつけて言えば、 「子供の実態に応じ」るためには、P(カリキュラムづくり)・D(カリキュラムの実施)・C(カリキュラムの評価)・A(カリキュラムの改善)といったマネジメントサイクルを回す過程のおいて、言葉通りの学校での「子どもの実態」のみに注目するのではなく、より広い文脈で、国や地方自治体からの要請、学校の実態、家庭・地域の実態などを常に把握する学校(教員)側の努力が不可欠となります。

 ただし、その際留意しなければならないのは、公教育における「平等性」や「公正性」の問題です。単に能力に応じて子どもを伸ばせばよいわけではなく、どの子にも「健康で文化的な最低限度の生活」ができるだけの基礎的な学力は必ず身につけさせねばならず、また、個性に応じる処遇が差別につながらないような配慮が不可欠であることです。

 また、たとえばオランダで、個々の子どもたち一人ひとりが(教師の援助を受けつつも)自分で立てたカリキュラムに沿って学習し、自己評価し、学習の自己調整を進めるという「イエナプラン」が公教育で採用可能とされています。日本でも、将来的)には、個々の子どもたちが「個別最適な」、言い換えると自分に最も適したカリキュラム(・マネジメント)を選択できる制度の採用も視野に入ってくることになるでしょう。

※「指導の個別化」:教師が支援の必要な子供により重点的な指導を行うことなどで効果的な指導を実現することや,子供一人一人の特性や学習進度,学習到達度等に応じ,指導方法・教材や学習時間等の柔軟な提供・設定を行うことなど(答申、p.18)

※「学習の個性化」:子供の興味・関心・キャリア形成の方向性等に応じ,探究において課題の設定,情報の収集,整理・分析,まとめ・表現を行う等,教師が子供一人一人に応じた学習活動や学習課題に取り組む機会を提供することで,子供自身が学習が最適となるよう調整する(答申、p.17)

(伊藤 博之)

田村知子「カリキュラム・マネジメント研究の進展と今後の課題」 教育経営学会編『教育経営学の研究動向』学文社、2018年、pp.24-35。