教室と「割れ窓」
幼少時の社会的学習は「その人」を作り上げていく過程で大きな影響をもたらします。前回まで、攻撃という反社会的な側面の話題が多くなってしまいましたが、当然、良い方向の社会的学習もたくさんあります。というか、幼少時に「向社会的な社会的環境」で過ごすことが、他者への思いやりやリスペクト、集団活動での協調など、いわゆる「向社会性(社会に向き合い貢献すること。社会に背くこと・反社会性の逆)」の学習が促進されるのです。
社会的環境は、物理的環境と関連があります。学級経営の一環で、教室の環境を良くすることが大事だと言われるのが、その一例です。ゴミのない、整理整頓された教室という良い物理的環境が、そこで営まれる子どもの活動や関係性といった社会的環境をよくすることに一役買っているという考えです。
犯罪学でよく知られた「割れ窓理論」という現象があります。一軒の家の窓が割れた時、それをそのままにして置くと、その地域での犯罪率が上がるという現象です。割れた窓を放っておくということは、住民が地域で起きることに関心がないことを意味します。何が起きても周囲が無関心だとなると、他から来た人は好き勝手をしやすく、住人自身も無責任なことをしがちになります。その結果、地域の治安が悪化し、犯罪者に都合のいい環境ができるのです。
逆に、この考えを防犯に用いることができます。環境の些細な悪化を見逃さず、自分たちの環境の整備に関心を向けることで、治安のいい安全な地域ができるのです。そのような地域では、住人同士の関心やつながりも強くなり、地域愛や自尊心も高まるでしょう。
物理的環境を整え、社会的環境を良くすることが、そこに生きる子どもたちにとって望ましい社会的学習の機会を与えます。観察学習が盛んな時期、子どもが「自分を作り上げて行く」時期に、互いを尊重し助け合う大人のモデルに数多く出会えることが子どもの向社会性を伸ばすのです。
教室内の物理的環境を整えることも、同様の効果をもたらします。ただし教室内では、子どもたち自らが物理的環境に働きかける動機が重要になります。「そうじ・片付け!」という教師の指示だけで動いていては、意味がありません。どのようにして、子どもたちの動機を高めるか。ここが教師の腕の見せ所です。
文献
James Q. Wilson and George L. Kelling, (1982) ”Broken Windows: The police and neighborhood safety”, The Atlantic Monthly; March 1982; Broken Windows; Volume 249, No. 3; pages 29-38.