「学び」の深層⑤ー「教えない教育」②:「守破離」ー

守破離

武道や芸道において、 「守破離」(しゅ・は・り)という言葉があります。

これは、先に示した「稽古」の進捗段階を示すものです。師匠の示すものを己を無にして徹底的に真似し尽くす(=一体化する)努力をひたすらに続ける(=「守」)うちに、弟子は極限まで師匠に近づきます。

しかし、弟子は師匠とは別人であり、いくら共通部分を広げていっても、どうしても異なった部分が残ります。ここに至って、弟子は「型」や「一連の行為」の方をその異なった部分に適合するような形で微調整して最適化していくことになります。つまり、最後のギリギリのところで師匠の枠を「破」って行かざるを得ないのです。

そして、その最適化が完了すると、師匠とほぼ同等の存在(=一人前)になれるのです。ここに至って、もう師匠の存在は弟子にとって不要となり、弟子は師匠から「離」れていくことになるわけです。

「稽古」によって弟子の「學び」がこのように進むのです。

(次回、後半に続きます。)