教員Voice 山中一英先生インタビュー

 

彩り豊かなフィールドで他者とともに学んでいく

 

――学生生活を振り返って、改めて思い出される印象的な出来事はありますか?

学部3年生の時の「教育心理学実験演習Ⅲ」という授業が印象に残っています。この授業は、一人ひとりの学生が、大学教員と博士課程に在籍する大学院生のサポートを得ながら、自らの素朴な問いを起点に先行研究を展望して「問題と目的」に整理し、「方法」を考案してデータを収集・分析し、「結果と考察」で総合的な議論を展開して発表するという、科学的研究の一連のプロセスを経験するものでした。人々が出会って親しくなっていくプロセスに興味をもっていた私は、面識のないもの同士でペアを作って、関係の親しさが変化するにつれて、そこで交わされる言語内容にどのような違いが生じているのか、検討する実験を試みたのです。難しさを感じながらも、すごく楽しくて。研究の道を意識するきっかけになりました。

 

――現在はどのような生活をされていますか?例えば、休日はどのように過ごされていますか?

平日、まとまった時間をとることが難しいので、休日になると、オンラインの研究会に参加したり、その研究会で議論した内容をずっと考えたりしています。クラシック音楽が好きなので、若い頃はときどきコンサートに行ったりしていました。

 

――先生の研究分野と具体的な研究内容を教えてください。

もともと社会心理学を学んでいて、学生時代から一貫して「他者と関わる」ことに関心があります。博士論文も「対人関係の親密化過程」をテーマに書きました。現在では、それに「学ぶ」が加わって、「他者と関わる」と「学ぶ」という2つの営みの関連性について研究しています。学校現場で「対話的な学び」が求められるようになった今、このテーマを研究する意味は大きいと感じています。対話的な学びは、相互作用を基礎にした学びです。したがってそこには、既存の人間関係が不可避的に入り込むことになります。2018年に『教育心理学年報』という学会誌に執筆した論文では、「児童・生徒同士の良好な人間関係は、教室の『対話的な学び』に対してつねにポジティブな効果を及ぼすのだろうか」と問いかけました。教室において子どもたちが良好な人間関係を形成するのは、いうまでなく大切なこと。ただ、人間関係が良好なら学びも良好と考えてしまってよいのだろうか、という問いかけです。それほど単純でもないように思うのです。たとえば、ある子どもが、クラスメイトの◯◯さんがいうのだからきっと正しいはず、と思ったならば、もうそれ以上思考しなくなる可能性だってあるのはないでしょうか。その一方で、安心して自分の意見をいえたり躊躇わずに質問できたりといった良好な人間関係が,対話と思考を支えているようにも思います。教室の人間関係と学びはいったいどんな関係性にあるのか、精緻に検討を重ねていかなければならないと考えています。

 

――先生の書かれた論文で代表的なものを教えてください。

代表的というより印象に残っている論文を挙げますね。私は心理学者ですが、教育学系の学術雑誌にも論文を書きます。2014年の『日本教師教育学会年報』に、「新人教員教育における論点と展開の可能性」という主題で論文を執筆しました。かつてイングランドにあった新人教員教育制度について考察したものです。ロンドンのあるイングランドは、新人教員の離職率が比較的に高い。いかに離職を防ぐか。そのために焦点があてられたのが、新人教員と日々関わるベテラン教員でした。両者に大学教員を加えて「学びのトライアングル」が構成され、そこで「コーチング」を基盤にした新人教員教育が展開されたのです。この他にも、優れた教育実践をする教員(「優れた教育実践者」)と新人教員を育てるのに秀でた教員(「優れた教師教育者」)を区別する考え方なども提示しています。この論文は、自らの関心を、組織の中の「大人」の学びへと本格的に拡張していく契機になりました。

また、1994年の『実験社会心理学研究』に掲載された、修士論文をもとに書いた最初の論文も印象に残っています。これは関係性の初期分化(出会った初期の相互作用の様態が、その後の相互作用や関係そのものを方向づけてしまう)現象を扱った論文なのですが、最近、この拙論を引用した論文を読みました。テキストチャットによる交流でも、こうした現象が認められたとのこと。30年近く前の論文で示したことが、現代のチャット文化の中にもあるなんて、驚きですね。

 

――先生のご専門や研究は学校や教育現場でどのように役立つものですか?

1つの研究で、教員や子どもたちが大きく変化するということはないと思います。その意味で、私が提供できるのは、思考のきっかけではないかと考えています。これは、何のための知識か、誰のための知識か、という科学の基盤的な問いとも密接に関わっていて、私は先に言及した『教育心理学年報』の中で、「省察のための科学」という新しい知識の様式を提案しています。

 

――先生の研究分野や研究領域に関わって、おすすめの一冊を教えてください。

心理学関係の図書の中から一冊選ぶとすれば、小坂井敏晶先生の『社会心理学講義』ですね。社会心理現象を従来とは異なる角度から読み解いていく、という本です。ただし、社会心理学の基礎をまずは勉強してからの方が、この本の凄さがわかるかもしれません。

 

――最後に、先生が考える本コースの魅力を教えてください。

「彩りの豊かさ」ではないでしょうか。まず、大学教員。心理学や教育学、生徒指導や学習指導など、専門分野は実に多彩です。大学院生も同様で、学部を卒業したばかりの方、教職経験の豊富な方、留学生の方、実に多彩です。多様性というのは、それなりの難しさはあっても、やっぱりおもしろい。本コースのカリキュラムの特長の一つである「集団ゼミ」。そこでは毎回のように、新たな気づき、視点、発想が得られます。知的にわくわくしますし、嬉しくなります。彩りの豊かさ、それによって本コースは、学ぶ楽しさを実感するフィールドになるのです。

  

インタビュー実施:2023年7月14日

インタビュー・写真:中川 清博、松田 充