教員Voice 松田充先生インタビュー
「いま」「この場」にとってよい授業を
――学生生活を振り返って、改めて思い出される印象的な出来事はありますか?
サンフレッチェ広島(サッカーチーム)が大学進学前から大好きで、その試合を見に行くために広島の大学に進学したので、大学生の間はホーム試合で年間20試合ほど、アウェイ試合も海外含め結構行ってました。ちょうど大学で広島にいる期間にサンフレッチェが3回優勝したので、その場に立ち会えたことが良い思い出です。特に三回目の優勝の時は、Jリーグがやってる公式Youtubeにインタビューしてもらって、ちょっとだけ登場しています(下の動画の8秒から15秒くらいまで)。他にもスポーツ全般が好きで、ソフトテニスのサークルに大学院修了まで所属していました。結構アクティブな大学生だったと思います。勉強や研究も割と真面目にやっていた方で、学部3年生の時に、指導教員の先生からドイツ語の本を1冊渡してもらって、ドイツ語の文法も語彙も全くゼロのところから1ページ目の一段落目の単語から全て調べながら読むということをしました。その一冊を10か月ほどかけて読み終えたときの達成感は今でもよく覚えています。
――現在はどのような生活をされていますか?例えば、休日はどのように過ごされていますか?
研究と生活をシームレスにしたいタイプなんですが、2人目の子どもが生まれてからは、休日も子どもに時間をかけることが長くなっています。家庭と研究と、どれぐらいで調整していくかが今後の課題です。他には、2、3週間に1回ぐらい、実家に子どもを連れて帰って4世代で集まってます。
――先生の研究分野と具体的な研究内容を教えてください。
教育方法学という領域です。学校教育に閉じずに教育方法を対象に、それをいかにより良くしていくか、いかに作り出していくかを考えるのが教育方法学だと思っています。ここでのより良くしていくというのは、例えば、「主体的・対話的で深い学び」に向けていかに改善していくのかということではなく、そのような政策的な動向に一定程度批判的なまなざしを向けつつ、「いま」「この場」にとって、よりよい教育とはどのようなものかを考えることだと思っています。
また教育方法学の中でも、特にドイツの教授学に関する研究をしています。ドイツの教授学は、教育内容の妥当性をいかに担保することができるのか、その論理はどこにあるのかを深く考えてきた歴史があります。そのドイツ教授学の中で、授業研究がどのように取り組まれてきたのかを博士論文(『批判理論による教授学の再構成――ドイツにおける授業研究の理論と実践』広島大学出版会、2023年)で取り扱いました。最近はそこから波及して、「承認」という概念に着目しながら、授業づくりを考えていっています。ただあくまで専門は教育方法学なので、ドイツ教授学の思考枠組みを一つのフレームワークにして、日本の学校教育や授業のあり方をよりよくしていくことをやりたいと思っています。
――先生の書かれた論文で代表的なものを教えてください。
ここ数年で一番力をかけて書いた論文は「学校教育における承認の可能性」(日本教育方法学会『教育方法学研究』48巻)ですね。多様性が重視されるようになってきたこと自体はいいことですが、それは一方で、人同士が繋がらない、関係を持たない言い訳になっているんじゃないかと思うところもすごくあるんです。でも学校教育は、それではいけなくて、他者と関わることが求められていると思います。ただ他者と関わるとは具体的に活動なのか。その関わり方として「承認」という概念に着目しました。この承認という概念を、学校教育の中でどのように具体化できるのかを考えたのが、この論文です。結論的には、承認は、能力や存在に向けられるだけではなく、成長や発達の可能性に対して向けられるからこそ、教育が可能になるのではないか、ということを書いています。
――先生の研究分野や研究領域に関わって、おすすめの一冊を教えてください。
教育関係の本を読むより、社会学とか社会科学系の本を読むことの方が多くて。「承認」に関して一番影響を受けた本は、『「承認」の哲学——他者に認められるとはどういうことか』ですね。藤野先生の本は、物語文学調に書かれていて、内容の難しさを感じさせないのがすごいです。学校教育に対する問題意識のところで共感した本は、桜井智恵子先生の『教育は社会をどう変えたのか——個人化をもたらすリベラリズムの暴力』です。ここで書かれている問題状況を、学校教育や具体的な教室の実践からいかに反転させていけるのかを考えていきたいと思っています。
――先生のご専門や研究は学校や教育現場でどのように役立つものですか?
これまでの研究で得てきた視点や考え方というのが、学校の先生と一緒に授業づくりをしていくときの視点になるという風になると思っています。校内研修などで呼んでいただいた際にも、学校を見せていただいて先生方と授業のあり方などについてディスカッションをしていきながら、「いま」「この場」にとってよい授業を一緒に作っていくときの視点や観点になると思っています。例えば政策的に学習指導要領を書いたり、中教審として日本の大きな方向性を示したりすることと、目の前のこの授業をこの子どものためによりよくしていくことの教育的な価値って、基本一緒だと思うんですよ。目の前の教育実践を少しでもよくできたら、自分の範囲でよくできたらいいなと思ってます。
――最後に、先生が考える本コースの魅力を教えてください。
ここに来たら研究方法論が学べる、質的研究も量的研究もできる研究者がそろっているということは大きいのではないかと思います。私自身は研究方法論には疎いタイプなんですけど、方法論を取っかかりに教育研究について学んでいけることが良さではないかと思っています。ただ、その先に、研究では言い表せない教育実践の豊かさみたいなものに出会えるといいかなと思います。
インタビュー実施:2024年2月20日
インタビュアー:安齋律子、北村宏規